マネジメントの裁量とは不平等ではなく、多様性である

 本日はコーチングというか組織マネジメントについてです。コーチングは対等な立場であれば、上下関係の立場であることもありますね。一般的には上下関係にあることが多く、マネジメントは切れない関係にあると思います。以下の動画は組織での権限やマネジメントについて考えさせられる内容です。

 

 動画は校長が卒業式で国家斉唱を歌わない教員を、教育委員会に報告したことについて、元橋本市長のぶらさがり会見です。某報道機関による偏向報道に対して、真向面からぶつかる橋本市長です。

 

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動画のポイントは2つあります。私は特に②が企業のマネジメントにおいては重要だと思います。

 

  • ①指示系統と命令主体
  • ②マネジメントの裁量

 

①指示系統の命令主体

 命令で重要なことは「誰が誰に出したか」です。橋本市長は法の授権という言葉を使ってますが、私は法律家ではないので、あくまで組織マネジメントとしての考え方を書きます。

 事実は以下の2点

大阪市は条例を制定した。

・市教育委員会は全職員に起立斉唱命令を出した。

・校長は個人の申告をベースとし、思想良心を尊重したマネジメントをしている

 言い換えると

大阪市、および校長は職員に指示命令を出していない

・市教育委員会の指示に職員が従っているかを管理するのは校長の当然の役割

 

 したがって、偏向報道で校長や、大阪市長がバッシングされてますが、本件の指示命令系統から行くと、まったく問題ないというのが橋下市長のスタンスです。私も全く問題ないと感じられます。

 

 大企業ではこのような問題になることはありません。それは個人の思想や良心に関わることに関しては法務や人事などの優秀な有識者が議論を交わされた上で、決定されているからです。もし、そのような会社なら今すぎにでもやめた方がいいです。(コロナワクチンで出社禁止になる某ハウスメーカーなど)

 

②マネジメントの裁量について

 今日考えたいのはこちらです。一般的に、定常的な作業や処理は人によってバラつきが生じないように、ルールや基準を明確化し、人による差が生じないようにするのがよいとされています。確かにこれは担当レベルとして有効なやり方です。しかしこのやり方だけ出世してしまった無能なマネージャーは、同じ方法をマネジメントにも適用しようとします。マニュアルでしか判断できない、責任の取れないマネージャーの誕生です…。

 

私が思う無能なマネージャーは判断が難しい案件についても「誰もが迷わず、同じように判断できる基準」を作ろうとします。特に難しいのが、専門性の高いもの(特に複数の分野に跨るもの)、製品や労働者の安全にかかわること、時間的要素で判断が変わるもの(緊急の出張費など)です。

 

通常そのような案件には「各部署で判断」や「上長の許可がある場合は除く」などの現場のマネジメントにある程度の裁量が残されています。それは職種、地域差、緊急度などケースバイケースであり、組織が最も効率的に最善の判断ができるようにマネジメントの裁量が残されています。無能マネージャーはこれを嫌います。自分で判断したくないのです。長年生ぬるいオフィスに慣れすぎて、「誰がやっても同じ」結果を出して、「みんなと同じように出世したい」そう考えてしまうんだろうと思います。

 

1つのグループの最適な人数というのは諸説ありますが、アジャイル開発では5~7人ともいわれます。それ以上になるとスキル差やコミュニケーションが複雑化します。企業におけるマネージャー(ここでは課長クラス)は10~15人を相手にします。15人それぞれに対して一元的に対応できるマニュアルなどありません。それぞれ十人十色であり、それにうまく対応し、組織を活性化し続きけるには一定のスキルと裁量が必要です。有能なマネージャーは保有するスキルと、与えられた裁量の範囲で最大限のメンバーを動かし、最大限の効果を発揮しようとします。それが多様性による組織の成長だと私は思います。一方で無能なマネージャーは与えられた権限を制限し、平等という制限の元に一定の基準(権限)でメンバーを動かそうとします。平等という多様性の否定です。完全に20世紀のマネジメント、失われた30年マネジメントのスタイルですね。

 

更に残念なことは、今日の日本企業では上位マネジメントさえも無能なマネージャーであることが多いということです。その点大阪市の事例では上位マネジャーが橋下さんという優秀なマネージャーがいてよかったんだと思います。(厳密には教育機関の独立性としては上位マネジャーではないが)。橋下元市長のように「校長は教育委員会から得た得られた裁量の範囲内でやっているだから、他の校長のアンケート結果なんか意味ないでしょ」そう言ってくれる上位マネジャーの存在は本当にありがたいことですね。日本としてこのような法律的にもマネージャーとしても優秀な方を政治的に失ってしまったことは大きな損失だと改めて思います。(しかし、このMBSの記者はほんとに醜い)

 

繰り返しますが、無能なマネージャーは裁量という責任から逃れようとします有能なマネージャーは多様性を尊重し、与えられた裁量の中で最大限の成果を発揮します。そういうマネージャーを目指しましょう。